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プロジェクト2

『コンピュータサイエンスにおける教育原理』


キー本研究のキーワード
【コンピュータ教育】【視聴覚教育】【ワークショップ】【表現】【アルゴリズム】

インタビュービデオはこちらからご覧いただけます。

■ 研究者

佐藤 雅彦 慶應義塾大学環境情報学部教授



■ 研究内容の概要:

コンピュータサイエンスにおける基本的な概念について、ワークショップや表現活動を通じた新しい教育手法を研究する。

テキストによらず手作業を通じて物事を学ぶワークショップは、参加者の専門的知識の習熟度を問わずわかりやすく、包括的かつ根元的な理解を促すために有効である。また、これらワークショップの成果物や教室から生まれた表現作品には、その裏側にある「ものの考え方」が発する知的な面白さ、楽しさが含まれ、従来の芸術作品にはない独特の魅力がある。

本研究では四年間にわたり、ソートや圧縮・解凍、アルゴリズムといった概念をテーマに参加型ワークショップの開発をつづけてきた。並行して、これらの概念のもつ魅力が伝わるような表現作品の制作と、それを広く社会へ定着させる試みに取り組んできた。その成果として、NHK幼児教育番組「ピタゴラスイッチ」内のコーナー「アルゴリズムたいそう」などがある。



■ 研究内容の詳細:

<研究の目的>

本研究では、コンピュータサイエンスの周辺の基本的な概念に注目し、研究活動を行っている。 それらの概念に対して、新しい教育方法の開発、教育原理の発見などを目的に研究を進める中で、教育の場から生まれる表現作品自体にも独特の価値があることがわかってきた。

具体的には、表現制作をともなう参加型ワークショップの開発をおこなっている。コンピュータサイエンス分野における「ソート」「アルゴリズム」「符号化・数値化」などといった基本的な概念はいずれも、体系だった学問として習得するためには高度な前提知識が必要となる。しかし、表現制作やワークショップの手法を用いれば、専門的な知識を持たない一般の人々にも「概念そのもの」についてわかりやすく伝えることができる。コンピュータサイエンスの分野に対する理解を深め、更なる関心を高めるために、こうした試みが重要な意味をもつと考えた。

また、コンピュータサイエンスの基盤となる概念は、その学術的な意義、工学的に役立つという意味を切り離しても、十分に面白く、魅力的なものである。その面白さや知的興奮が、新しい表現に結びつくのではないかと考え、新しい表現制作の可能性についても模索している。

2003年度4月までの活動内容は以下の通りである。これらの研究活動は、ワークショップ活動、実験的な表現作品の制作、社会への定着、の3つに大別できる。


<1)ワークショップ活動>

ワークショップ活動は主に大学の講義履修者などを対象におこない、作業の手順などについて試行錯誤を繰り返した。実際に手を動かしながら学ぶワークショップ形式ならば、参加者を問わず誰でも、その概念における根元的な部分を理解したり、本質の面白さを実感したりすることができる。

 「ソートの視覚化」:しめじやいんげん、人の身長などを題材に「大きさの異なるものを比較して、順番に並べる」というソートの手順をモデルアニメーションの技法で撮影した。参加者は映像制作を通じて、ソートという概念や、さまざまなソートの手順の違いについて学んだ。

 「図形の作文」:与えられたある図形の描き方について、原稿用紙二枚分の文章のみで表現するワークショップ。別の人に渡して作文どおりに図形を描いてもらい、元の図形と比較する。参加者は画像を言語に変換する時の情報変容の様子や、情報保持のための表現手順について体感した。

 「圧縮・解凍」:コンピュータ上の圧縮解凍アルゴリズムを手作業で体験するワークショップ。アルファベットを符号化し、より少ない情報量で伝える方法についてチームごとに考える。符号化した情報を1本の紙テープのかたちで相手チームに渡し、符号化辞書にもとづいて復号できるかを確かめる。


<2)実験的な表現>

表現制作のワークショップは、その成果物として具体的な作品が残る。教育の現場から生まれたこのような表現作品を通じて、もとになった概念の面白さを伝えることができる。しかしまた、教育という目的から離れてみても、こうした表現には他の芸術作品にはない新しさ、魅力がある。

 「digitalとは何か」:  まず、ぬいぐるみや野菜の形状を計ったうえで数値化し、数値のみのデータとして紙に記述する。そののち、角砂糖を使って、数値化されたデータをもとに、立体として再現する。アナログとデジタルの違いを如実にあらわすぶたのオブジェは、それ自体が造形的に美しい。

 「カノン」:  映像作家ノーマン・マクラレンの作品にヒントを得たワークショップの映像記録。床面に引かれたグリッド状の舞台の上で、複数の人物があらかじめ決められた同じステップを踏み続ける。決められた動きを再現している限り、複数人がお互いに全くぶつからずに動き続けることができる面白さは、アルゴリズムの記述法が持つ、独特な魅力に通じる部分がある。

様々なワークショップを繰り返す中で、ある概念を伝える表現作品がもつ魅力や楽しさに注目し、それにもとづいて、独立した作品の制作も試みた。以下にその例を挙げる。

 「立体プラント」:  角砂糖によって、ミニチュア工場のラインを表現したモデルアニメーション映像。工場のラインの上に紙テープが載っており、さらに紙テープの上にはあらかじめ設定された通りにマークが打たれ、ある情報を持っている。紙テープがラインの上を移動するとともにその情報が読み取られ、マークのある場所にだけ角砂糖が載っていく。ラインの終端に達した角砂糖は、透明なレイヤーの上に配置されていき、レイヤーがすべて積み重なったところで、立体的な鳥のかたちが組みあがる。

コンピュータサイエンスの概念を土台として作り出された表現は、独特の魅力を持っている。ある概念に裏打ちされた表現は、作家個人の自由な発想や感性から生まれる芸術作品の価値とは明らかに異なる、新しい面白さ、美しさをもっている、ということがわかった。


<3)社会へのアウトプット>

試作された実験的な表現を、単に研究室の中で成果とするだけではなく、広く社会へ向けて作品として発信し、定着させることも試みた。 試作段階にあった独特な面白さを損なわないように、完成度を高め、実際に社会へと発表した。 次に挙げる映像は、学内でおこなった映像制作ワークショップでの成果をもとに作られた映像作品である。2002年春から、NHK教育テレビの幼児教育番組「ピタゴラスイッチ」内で放送されている。

 「アルゴリズムたいそう」 :  ワークショップから生まれた映像作品「カノン」にもとづく。二人の人物が横に並んでおこなう一定の手順の振り付けが、それぞれに対応してぶつからない。あらかじめ決められたとおりに動きを繰り返すと成功する、その楽しさがアルゴリズムという概念の面白さにつながる。

アルゴリズムたいそう

 「アルゴリズムこうしん」 :  「たいそう」と同じく映像作品「カノン」の発展形。一列に並び、ある一定の手順の振り付けを一ステップづつずらしておこなうと、輪唱のように互いにぶつからずに行進していく。一つの振り付けを忠実に繰り返すことで、互いに関連しあいながらうまく行進を続けることができる、ということがわかる。


■ プロジェクト2(次世代サイバーノレッジの研究)における本研究の位置付け:

佐藤雅彦研究室では「考えることを重視した表現」をテーマに掲げている。本研究はその主軸となるプロジェクトのひとつであり、表現制作を伴うワークショップや、教育の場から生まれる表現の可能性を探ることを目的としている。



■ 研究の発展方向

今後も以上のような活動を通じて、コンピュータサイエンスの周辺の概念が、なぜ一般の人間にとっても興味をそそるものであるか、その理由を明らかにしたい。「ワークショップの考案」「実験的な表現」「社会へのアウトプット」の3つを中心に、新たな概念やテーマに取り組むとともに、表現制作をともなう教育の在り方そのものについても考えていきたい。


■ 関連URL

http://www.sfc.keio.ac.jp/~masapico/